千年にわたり受け継がれる風習の流れを探る-ベトナム伝統的な慣習ーテト(12)

テト四日・五日ー新たな出発の構え

梅や桃が満開へと向かい、「父方・母方・師」への三日間の余韻が静かに落ち着くころ、正月の空気は消えるのではなく、新たな段階へと移ろう。より活気に満ち、躍動し、力強い気配を帯び始めるのである。

三が日が恩義と情理に立ち返る時間であったとすれば、四日・五日は休息から労働へと心を切り替える重要な架け橋である。その転換点を象徴するのが、五日朝にハノイ中心部で鳴り響く「ゴー・ドンダー祭」の太鼓の音である。これは単なる春の行楽ではなく、新年の門出に民族の英気を呼び覚ます祭礼である。

テト四日目―化金の儀と生活の再起動

祭りの喧騒へ向かう前に、四日目には重要な祖霊儀礼が執り行われる。「化金(送り火)」、すなわち祖先を見送る供養である。三日間、子孫とともに新年を祝った祖先に対し、最後の団欒の膳を供え、感謝とともに送り出す。

春の日差しの中に立ちのぼる煙は、単なる紙銭の焼却ではない。そこには、残る者たちの決意が込められている。炎が消えると同時に、正月休暇の終わりと、新たな計画の始動が自覚されるのである。

多くの地方では、この日に「開下(カイハ)」、すなわち立てていたネウ(魔除けの竹竿)を下ろす習俗もある。これは霊的加護の期間が終わり、人が自らの力で歩み始める合図である。四日目の内面的転換があってこそ、翌日の祭礼へと力強く踏み出せるのである。

ゴー・ドンダー祭―消えることなき春の詩

Khách nườm nượp đổ về lễ hội gò Đống Đa 2025 từ sáng sớm
五日朝、昇龍の空に祭太鼓が轟くと、各地から多くの人々が歴史遺跡ゴー・ドンダーへと集う。この祭は単なる開運祈願の行事ではない。1789年(己酉の春)、光中帝(グエン・フエ)率いる西山軍が清軍を打ち破った大勝利を記念する「戦勝忌」である。

英雄像の足元に香煙が漂うなか、往時の馬蹄の響きや鬨の声がよみがえるかのようである。式典では、フー・スアン(現フエ)から北方への電撃的進軍、そして「南国に英雄あり、主あるを知らしめん」との独立の誓いが朗誦される。

この誇りこそが、ゴーの祭を不屈の精神の象徴たらしめ、新年の出発に最も強い精神的エネルギーを与えるのである。

祭の魂―火竜の行列と尚武の精神

Khách nườm nượp đổ về lễ hội gò Đống Đa 2025 từ sáng sớm
祭の白眉は「火竜」の行列である。藁や竹で作られた龍が色鮮やかに飾られ、若者たちに担がれて進む。その姿は、西山軍がかつて敵を包囲するために用いた火攻めの戦術を象徴的に再現するものとされる。

春の日差しの下でうねる火竜は、先人の知略と不屈の意志を体現する。また、相撲、将棋人形、武術演武などの尚武的な催しも行われ、過去と現在が交錯する空間が生まれる。

現代の若者たちも、単なる観光や記念撮影にとどまらず、民族の気概を体感する場として祭に参加する。尚武の精神は、誇りと責任感を呼び覚まし、新たな一年への原動力となる。

五日目の春行――「出立」の日

五日目は歴史を記念する日であると同時に、「出立」の日でもある。祭から戻った人々の胸には、決意の火が灯る。労働者は工場へ、知識人は筆を取り、農民は田畑へと向かう。

この日の春行は、希望に満ちた開放的な雰囲気を帯びる。人々は互いに握手を交わし、「西山軍のような勢いで一年を」と祝福し合う。五日目は、家族的な温もりを共同体の力へと転化する節目なのである。

新たな航路

ゴー・ドンダー祭と四日・五日の習俗は、正月休暇を鮮やかに締めくくる。過去と源流への感謝から、未来への志向へと軸足が移るのである。

往時の戦鼓は、現代社会の鼓動と重なり合い、「春とは始まりである」という普遍の真理を想起させる。祭を後にする人々の胸には、春の陽光と昇龍の英気、そして成功への確信が宿る。

春は消えるのではない。花の色彩から労働の律動へと姿を変え、新たな時代の叙事詩を刻み続けるのである。

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